HSPとASDの両方を持つ水城が人生の希望を取り戻すまでの物語

僕は気づいてしまいました・・・。

生まれつきの繊細さや不器用さを持つ人の人生には2つの道があるということに。

 

一つは、他人の都合や機嫌に振り回されたり舐められて利用されたりして、
毎日が息苦しく自分の本来の力も発揮できず、他人の平均以下の人生を送るという道。

 

もう一つは、無理して普通の人と同じ生き方を目指すのをやめ、
自分に合った努力のやりかたで、独自の特性を活かして充実感のある人生を生きるという道。

 

僕は後者の道を選びました。

 

あなたは、どちらを選びますか?

 

 

・・・

 

 

はじめまして!

このブログの管理人の水城一成(みずきいっせい)と申します。

当ページにお越しいただきありがとうございます。

 

このブログでは、

「繊細さや不器用さで会社で働くことに息苦しさを感じている人が、
自分の特性を活かした生き方や稼ぎ方を身に付けて、充実感のある人生を手に入れる方法」

について発信しています。

 

僕はネットビジネスに取り組んでいる29歳の男性です。
(現状は、システムエンジニアとして会社員もやっています)

 

ネットビジネスの中でも、アフィリエイトというのを中心にやっており、

一応、こんな感じで実績はあります。

↓↓↓

 

ミリオンライティングでの実績

 

この実績を見て、すごい!

と思ってくださった人もいるかもしれません。

 

しかし、僕にとってもっと重要なことがあります。

 

それは、ビジネスを学ぶことで僕の人生が劇的に変化したということです。

 

僕は2019年2月からネットビジネスを開始したのですが、
この2年ちょっとでそれまでの常識や価値観が破壊されました。

 

例えば、

  • インターネット上から自動で数万単位の収益を生み出した
  • メルマガ開始からわずか9日目で商品の成約率25%を叩き出した
  • メルマガ読者さんから「あなたに会えてよかったです」と言われる
  • メルマガ開始14日目に読者さんからコンサルの打診を受ける
  • 資本主義のからくりを知って、いかに世の中の労働者が洗脳されているのかを知り衝撃を受ける
  • 心理学、脳科学を活用して自分をコントロール方法を知る
  • 会社で怒られたり、理不尽なことがあってもあまり気にならなくなる
  • 会社に依存せずとも、自分のビジネスで生きていける自信を持ち始める
  • 自分が磨いてきたビジネススキルで、自分と同じく組織に馴染めず生き辛さに苦しむ人を救いたいと思い始める

等々、

 

2年前からは考えられないくらい、人生レベルで大きな変化がありました。

 

もう、楽しくてしょうがありません。

 

このままネットを使ってどんどん世の中に価値を届けていけば、
独立起業することも夢ではないと確信できるようになってきました。

 

 

・・・と、今ではこのように稼げるようになり、明るい未来も見えてきましたが、
ほんの少し前までは不安になりがちで、自信の持てない人生を送ってきました。

 

それは、僕のHSPと発達障害(ASD)という特性によるものです。

 

HSPとは、ハイリーセンシティブパーソンといって、

刺激に非常に敏感で繊細さを持っている人のことです。

 

ASDは自閉症スペクトラムと呼ばれており、

コミュニケーションが苦手だったり、思考や行動に不器用さがある人のことです。

 

※ASDは少し前までアスペルガー症候群と呼ばれていたものですが、
ADHDや学習障害などとひっくるめてASDと呼ばれるようになりました。

 

具体的にいうと、僕には以下のような特性があります。

 

  • 周りからの刺激や人の機嫌の影響をものすごく受けやすい
  • みんなでワイワイするよりも、一人で物事をじっくり考えるのが好き
  • 雑談したりテンポよく上司に報告したりするのが苦手
  • マルチタスクが苦手で、複数のことを一気に言われるとフリーズする
  • 自分が納得するまで行動しない石橋を叩くタイプ
  • 嫌な出来事が記憶に残りやすくフラッシュバックしやすい

 

こういった特性は高校時代から徐々に自覚し始めていたのですが、
会社の新入社員時代はなんとかこなせていたんです。

 

しかし、20代後半に入ったころから、

「自分はこの先、周囲と同じように会社でやっていけるのかどうか・・」

という強烈な不安に襲われたのです。

 

上司や先輩と周囲とうまくやるために、
仕事術やコミニュケーションの本を買ったり、
自分なりに解決の糸口を探るも努力はすべて空回り。

 

ネットビジネスに出会ってからもすぐに稼げたわけではなく、
1年半もの間、1円も稼げないノウハウコレクターになってしまい、
いろんな失敗をして150万以上ものお金も時間も無駄にしてきました。

 

もう何をやってもダメだ・・・
自分は普通の平均以下の人生しか歩めないかもしれない。

 

そんな風に絶望したこともありました。

 

しかしあるきっかけで、今までとは別人のように
冒頭で挙げたような結果を出すことに成功できたのです。

 

なぜ、HSPやASD(発達障害)の傾向を持ち人生に絶望していた僕が、
ネットビジネスで結果を出し、将来に希望を持てるようになれたのか?

 

ここから先は、その軌跡についてお話ししていきます。

 

今、僕と同じように社会や集団に馴染めずに息苦しさを感じている人が
自信を持って生きるためのヒントが詰まっていると思います。

 

最後には具体的にどうすればよいかという話もするので
ぜひ最後まで僕の物語を読んでくださるとうれしいです。

繊細で泣き虫な保育園時代

僕は保育園に通っていた時から、とても繊細で泣き虫な子供でした。

 

運動会など大勢の人が集まるとき、
給食で嫌いな食べ物が出たとき、
大きな音を聞いたときなどに、
嫌がって泣きじゃくる子供でした。

 

母親の話によると、保育士さんからは
「こんなにすごく泣く子を年少組から通わせなくてもいいのに・・・」
と呆れられていたようです。

 

そしてプールの時間に水鉄砲で水を掛けられて大泣きしてしまってからは、
プールの時間が大嫌いになってしまいました。

 

なのでそれ以来、
プールの時間はいつも一人だけ保育士さんの膝の上で、
画用紙にお絵描きしていたようです。

 

なので今でも泳げません(笑)

 

こんなふうに刺激に敏感でいつも泣いているような子供でした。

引っ込み思案で孤独な小学校時代

小学校に入っても繊細でちょっとしたことですぐ泣くので、
周りからは「泣き虫」と言われていました。

 

また、引っ込み思案だったので
友達を家に連れてきて遊ぶことも滅多にありませんでした。

 

このことを母親は非常に心配していました。

 

子供ながらにその気持ちを察したのか、
大して仲良くもないクラスメイトと無理に遊んでみたりもしましたが、
やり方を知りもしないテレビゲームに付き合うのは疲れだけがたまりました。
(しかも僕は横で見ているだけ 笑)

 

別にいじめられたわけではなかったのですが、
当時は他の人の家にいるというだけで
体が固まるくらい緊張してしまい苦痛だったのです。

 

あと、子供ながらに
「こんな無駄なことをしているくらいなら、
もっと有意義なことができるのでは?」

という気持ちがありました。

(今でも浅い雑談に付き合わないと
いけないときにこういう感覚になります・・・笑)

 

他には体育のバスケの時間とかも、ボールが跳ねたり声が響いたりして
その空間に吸い込まれそうになってなんだか怖かったことを覚えています。

 

また、この年の男子はふざけて殴る真似みたいなのをしますが、
そんな風にちょっかいを出されるのがかなりうっとうしかったです。

 

こんなふうに小学生になっても外部からの刺激に敏感で
ちょっとしたことでも不快になったり、緊張したりする子供でした。

 

で、小学校4年生の時の担任の先生は
ちょっと厳しめの女の先生でした。

 

休み時間に教室で一人、本を読んでいると、

「こんな天気のいい日に教室の中にいるなんて信じられない。
あなたみたいな子は今は良くてもね、社会に出てから苦労するのよ」

と言われて子供心にかなりグサリときました。

 

とはいえ、その時は小学生だったので
怒られたことに対してショックは受けても
言われたことの意味を深くは考えませんでした。

 

後に、その意味が身に染みて分かってくることになるんですけどね(笑)

 

しかしその一方で小学校時代には
僕が自信を手にするきっかけになるものに出会います。

 

それは将棋です。

 

将棋は小学校一年生の時に覚えたのですが、

  • 頭で深く考えて答えを探ることの楽しさ
  • 一人で実力を磨いて強くなっていくことへの充実感
  • 自分の実力が結果にそのまま現れる白黒はっきりとした世界

こういった魅力のとりこになりました。

 

小学生の大会で優勝したこともありますし、
大人に混じった大会でも年の離れたおじさんに勝てたのは
子供ながらにうれしかったことを覚えています。

 

学校では自分の水筒のお茶を勝手に飲まれたり、
持ち物を勝手に持っていかれても何も言えない内気な少年(笑)

 

しかし、自分の頭一つで大人にも勝てるものがある。

 

周りに負けないものがあるというものは計り知れない自信になりました。

 

この時期に、頭を使って勝負する個人競技に目覚めたことが、
後の僕の生き方に大きく影響を与えることになります。

勉強で自信を持ち始めた中学時代

中学生になっても、
繊細で一人でいるのが好きな性格は相変わらず。

 

クラスメイトと放課後に遊ぶとか
休日に一緒に出かけるとかいうことも全くありませんでした。

 

ちなみに、ほとんどの中学生が読んでいるであろう、
少年ジャンプは買ったことがありません(笑)

 

クラスメイトが話を合わせるために買っていると聞いて、
「え?そんなことして何の意味があるの?」
と思っていました。(ヤバイですねw)

 

もちろん、クラスメイトの間には、
なんとなく暗黙のルールがあることには気づいていたし、
自分が周囲からなんとなく浮きがちな時があることも自覚していました。

 

でも、小学校時代からの同級生もいたし、
ひどくいじめられるとかはなかったので、
気にしていませんでした。

 

なにより、勉強でトップの成績をとっており、
それで自信を持っていたのです。

 

といっても、1学年に2クラスしかないような
田舎の中学校なので大したことはないですけど(笑)

 

ただし、受験とは別の
「美術・技術」などの実技科目では

不器用さと要領の悪さを発揮しまくっていました。

 

周りの同級生はふざけたり、雑談したりしながらも
作品作りを時間内にしっかり終わらせていきます。

 

一方で、僕はもともと要領が悪いくせに
変に細かいところにこだわってしまい
さらに遅れていくという。

 

そして時間内に完成しないという(笑)

 

そのくせクオリティも大したことはないし、
最悪、先生に作ってもらうことまでありました。

 

今にして思えばちょっと心配な子供ですが、
良くも悪くも勉強ができて周りからは優等生だと
思われていたので問題視されなかったみたいです。

※これは勉強ができる発達障害の子供あるある話ですね・・・。

 

自分でもちょっと他の人と違うのかな
という悩むことも多少はありましたが、

「県で偏差値が一番高い高校に行くんだ!」

ということだけを意識して
違和感から目を背けていました。

成績ガタ落ちで自信喪失。毎日が息苦しかった高校時代

努力の甲斐あって、
高校は県で一番の進学校に入学できました。

 

ですが、高校では落ちこぼれになってしまいます。

 

その理由は勉強の内容が難しくなったというのもありますが、

それよりも進学校の雰囲気にのまれてしまった

というのが大きいと思います。

 

単に勉強さえしていれば良いという
雰囲気だったら僕はむしろよかったんです。

 

しかし、

「勉強と部活の両立はできて当たり前。
先生や先輩とのコミュニケーションも上手にできて当たり前」

という雰囲気を自分が勝手に感じてしまい、
それができない自分に劣等感を持ってしまったんですね。

 

そして周りのなんでも軽々とこなしている(ようにみえる)
同級生と比べて落ち込んでばかりいました。

 

それともう一つ、僕を苦しめたのが、

言葉に縛られやすく全部文字通り受け取ってしまう

というASDの特性です。

 

例えば、

「勉強だけじゃなくて人の痛みも分かるべきだぞ」
「進学校は恵まれてるんだからこれをやる義務がある」

みたいな先生の説教をいちいち真面目に受け取ってしまう。

 

今にして思えば、なんだそれ?という感じだし、
ほかの同級生もそんな能書きことは、
聞き流していたのでしょうが(笑)

 

でも当時の僕は、こうあるべきと言われると
そうあるべきだと受け取ってしまっていたんです。

 

それと同じようなことですが、
本音と建て前が分からないというのもあって。

 

例えば先生が、

「去年東大に行った先輩は、塾に一切行かずに学校の授業だけに集中していたぞ。
塾なんか行かなくたって学校の授業をちゃんと聞いていれば成績は伸びるんだからな」

といったとします。

 

今の僕なら先生は授業に集中して欲しいから
そう言っているだけだと分かるんですが、

「そうか、塾の力に頼っているようじゃだめなんだ!僕は自分の力だけでやる!」

と思ってしまい、せっかく行っていた塾をやめてしまいました(笑)

 

これはかなりの悪手だったと今でも後悔しています。

「自分の力」っていう言えるほどの能力があるのかっていう話ですね。

 

あと、クラスは理系クラスだったのですが、
自分と同じような発達障害の傾向を持つ子もいたように思います。

 

でも、彼らは物理とか数学のテストで毎回100点を取ったり、
東大や医学部を狙っている人ばかりでした。

 

一方の僕は、それを使っても解けるはずないだろっていう公式に
無理矢理数字を当てはめて、問題が全然解けません!
とかいっているほどの頭の悪さです。

 

もちろん成績は後ろから数えた方が早い順位。

 

あとは授業では毎回当てられるのですが、
自分の番が近づいてくるとドキドキしてきて
喉が締め付けられたようになりパニックになっていました。

 

なんか今思い返してみると、当時の自分は
学校に行って帰ってくるだけでも大変だったみたいですね
(今頃気付いた 笑)

 

さらにこのときは、
父親が転職して家庭内でもいざこざがあり、
どこにいても息苦しく非常に辛かった時期でした。

 

そして、心身にも異常をきたし始めます。

 

授業中やテスト中、なにかがおかしい。

頭が働いていないのか?

 

物理は関係のない公式に無理に当てはめようとしているし、

 

それで白紙のままで出したら、
呼び出されてものすごく怒られてしまったことがありました。

 

・・・あれ?あの中学校時代の、
勉強で1位を取って、生徒会とやらもやっていた
優等生の僕はどこへ行ったの?

 

先生からこんなに怒られるなんて初めてじゃん。

劣等生になってしまった。

 

それに首や肩のあたりが痛い・・・。

 

毎日が緊張と混乱状態で過ごしていました。

 

今だったら抑うつ状態と言われるでしょうね。

 

そして、フラッシュバックと言って、
これも発達障害の人に

ときおり、嫌な記憶とか失敗したときの恥ずかしい記憶とか

 

 

そんな状態だったので勉強にも集中できず
センター試験では半分の点数も取れませんでした。

 

そんな低い点数しか取れないのは、
たぶんその高校では前代未聞だったかもしれません。

 

センター試験でダメな時点で
どの大学を受験しても受かるはずはありませんので、
浪人が確定しました。

 

卒業式の日はとても憂鬱だったのを覚えています。

懐かしい充実感を取り戻した浪人時代

しかし、浪人時代は思ったほど暗い日々ではありませんでした。

 

むしろ充実感に満ちて生き生きしていたと思います。

 

もし、いままでの人生で一番のびのびと晴れやかに過ごしていた
時期はいつかと聞かれたら浪人時代と答えます(笑)

 

予備校の先生の授業が素晴らしかったし、

 

高校の勉強って

 

自分のような人間はちゃんとした人から教わって
無理だよなーと思いました。

 

そして勉強が楽しくなっていき、
中学時代のワクワク感、充実感がよみがえってきたのです。

 

高校時代の全身のコリやもやもやした気持ちが晴れていき、
大袈裟ではなく生命力が戻ってきた感じでした。

 

そういえば、高校時代はテレビも見ていなかったし、
外部の情報を遮断していたよな・・・。

 

宗教とかモラハラの洗脳が解けた人は
こんな感じなのかなと思いました。

 

実際、針灸師の方には、

「学校に行って帰ってくるだけでも辛かったのでは?」
「能力があっても、周りにすごい子がいると委縮してしまって
なかなか前に出ていけないタイプの子もいるんだよね」

と言われました。

 

進学校の生徒って言っても、結局は15~18歳の子供。

 

自分のことだけ考えているのが許される時期なのに、
何を生真面目に考えて無理をしていたんだろうと思います。

 

そして、

 

結局は精神状態だったんだなと思いました。

 

理解して納得できる。ひたすら自分のスキルを磨いていけば良い。

勉強ってこういうものだよなー。

 

自分のペースで静かな納得感があるまで考えて、

 

予備校勉強が非常に刺激を受けました。

 

浪人時代にもフラッシュバック現象が
たまにありましたが、

自己肯定感が復活したからか、
高校時代ほどひどくなくなっていました。

 

その結果、前期試験には失敗してしまいましたが(笑)、
後期試験で受験した国立大学に無事受かることができました。

「違和感の正体」が発覚した大学生時代

大学時代には、とうとう自分の特性に気づくことになります。

 

ある日ネットサーフィンをしていて目に入ったのが、

「アスペルガー症候群」

という病名でした。

 

「アスペルガー症候群」とは知的障害を伴わない自閉症で、
学校の勉強ができる人もいるが社会に出てコミュニケーションでつまづく。

 

空気が読めず会話の文脈を読まずに入っていって、周囲から怪訝な顔をされる。
記憶力が良く過去のことまで覚えており、嫌な記憶がフラッシュバックする。

 

これはまさに自分のことではないかと衝撃を受けました。

 

アスペルガー症候群とかメンタルヘルス関係の
情報を毎日のように調べまくりました。

 

自分が長い間苦しんできた「違和感」の正体はこれだったのか!

 

アスペルガー症候群の傾向に

 

髪を染めてちゃらちゃらしているように見える人でも、
実際はあたまもよかったり、バイトもこなしながら、
要領良く課題もこなしている感じ。

 

うつ病になっている人も多いとのこと。

一度治ると再発しやすいとも聞きます。

 

ちなみに飲食店や居酒屋のアルバイトは速攻で選択肢から消えました。

 

臨機応変な対応が必要だし、理不尽なことで怒られそうだからです。

 

大学生協の簡単そうなバイトを3か月ほどやって、

「やった!しめしめ、これで一応、アルバイトしていたと履歴書に書けるぞ!」

と思って、長期休暇に毎回自宅に帰省していたら、

 

父親に、
「バイトが忙しくて帰らないって言うくらいになって欲しいんだぞ!」
と罵倒されてしまいましたが・・・笑

面接で公務員試験に全落ち・・・

アスペルガー症候群の自分が会社員になるのは絶対無理!

と思った(思いこんだ)僕は公務員を目指すことにします。

 

大学3年生の時から公務員試験の勉強を開始しました。

 

理系だったのですが、行政職を受験しました。

 

簡単な事務手続きができればいいと思ったからです。

 

県庁の試験はめちゃくちゃ頑張りました。

 

僕はやっぱり何かを学ぶことは好きだなー。

 

理路整然と頭の中で入っていくのは好きだなーと思いました。

 

大学4年の試験が始まります。

 

本命は県庁でした。

 

最後に○さんはどうですかと振られる始末w

「特にないです・・・」

 

そこで雑談を入れながらも、話を前に進めていくのに、
なぜ試験なのに、

 

「何でもいいから発言すればよかったのに」

って思うかもしれませんが、

 

筆記と集団討論の差がヤバイ

点数を見たら明らかにこの集団討論の結果で落ちていましたねw

IT企業が拾ってくれた!

そんなこんなで、就職浪人はせずに

 

調べる性格は

「よくしらべていますね~」

2次募集なのですが妙に納得したのを覚えています。

 

大学の就職支援の方は

「ほら、自分とマッチしているところに応募すればあっさり受かるだろ?」

と言っていました。

 

後ほどそのことの意味を深く知ることになります。

 

空気を読んで暗黙の了解とかを守って、
周囲と行動をまんべんなく合わせながら、
仕事もプライぺートも器用にこなしてます!

っていうのがいい人は、そういうのを大切にして生きていくのもいいかもしれません。

 

下手にネットビジネスに手を出すとノウハウコレクター化するので。

初っ端からつまづいた新入社員時代

会社員になったのですが、ここで洗礼を受けることになります。

新入社員研修で場面緘黙に

僕の会社では、新入社員は1か月間、
専用の施設で研修を受けます。

 

研修の前半は座学が中心でしたが、
後半になるにつれグループワークが増えてきました。

 

公務員試験の集団討論と同じく、
僕の苦手なグループワークですw

 

同じ立場の中で即興で役割を決めて、
テンポ良くみんなで意見を出し合って話を進めていく・・・

というのが苦手な僕にとっては苦痛でした。

 

僕は自分の意見を言うタイミングを見計らって、
なかなか口を開けなくなってしまうのです。

※これを場面緘黙といいます。

 

そして、自分の意見が頭の中でまとまるころには、
もうその話題は終わっているということが何度もありました。

 

で、肝心の話の展開にはついていけてなくて、

最後にいきなり、
「じゃあ水城さん、代表して発表お願いします!」
と言われて冷や汗をかくという始末(笑)

 

そんな感じで周りに全く貢献できていないし、
ちょっとイライラさせているなーと感じる時や
怪訝な目で見られるときもあって辛かったです。

 

ただし一方で、気の合う同期もできたりして
楽しいこともあった研修でした。

現場に赴任

実際の現場に出てからは大丈夫でした。

 

ただし、理詰めの男性上司にぶちあたってしまったり、
感情的に八つ当たりするような女性の先輩も一部いました。

 

僕はどうしても納得いかないことや
疲弊してしまうことがありました。

 

それでも、紳士的な尊敬できる先輩もいたりして

 

アスペルガー症候群で会社員をすぐに
クビになるのではないかと思っていたけど、
そんなことはなく、

 

全体的に雰囲気が悪くない会社で、
やっていけそうだというホッとしていました。

 

そして、
自分がアスペルガー症候群かもしれないということは
一旦頭からうすれかかっていました。

 

しかし、甘かったです。

 

再度、自分自身に向き合わさせられる経験をすることになったのです。

お客さん先での壮絶な体験

入社5年目の夏、初めて一人で客先へ出張に向かうことになりました。

 

そこで壮絶な体験をします。

 

お客さん先に出向くと、初っ端から、

「なんでこのシステム全然動かんねん!どうなっとるんや」

と怒鳴られました。

 

僕は社内で受託開発したシステムを
お客さん先へテストしに来ていました。

 

社内で開発したプログラムと接続する設備が
お客さんの工場内にしかないので
システムテストはぶっつけ本番でした。

 

お客さんとの間では、そういった事情も踏まえ、
まずは設備に接続してみる段階からのテストになると
事前に合意していたはずなのですが・・・。

 

ただ、現地に赴くと様子が違い、

「なんでこんな基本的な通信ができてないんや!おたくでテストしてへんのか?」

と向こうの担当者が激怒していたわけです。

 

僕が事情を伝えると、

「いやそんなことは俺は知らん。とにかくすぐに直してもらうからな」

とのこと。

 

どうやらお客さん社内でのプロジェクト責任者と現場責任者との間で
ちゃんと意思疎通ができていなかったようです。

 

バグが出るのは想定済みですし、
それを直すために来ているとはいえ、
あまりの温度差に僕はちょっと違和感を覚えました。

 

ただ実際、お客さんの言う通り、
かなりまずい状況であることに気づきました。

 

そして急いでプログラムを直し始めたのですが、
バグが多すぎることに気づきました。

 

ひとつ修正してもまたすぐに次のバグが出るというありさま。

時間ばっかり食って、他の関連の業者さんからも白い目で見られる始末でした。

 

いつまで経ってもまともに通信ができず、
本来やりたいテストができる状態になりません。

 

これはもうダメだとパニックになり、
社内にも協力をお願いしようと思いました。

 

もともと自分が作ったプログラムではないので、
社内の人に聞かなければ話にならない部分もあったんです。

 

しかし、

「休憩言ってたわ」

とか、ふざけたことを言う。

 

僕は、
「ええい、社内はもうあてにならんわ!」
と思って自分でコードを読み解くことに。

 

でもお客さんが隣で見てながら

「まだか、まだか」

と急かしてくるし

「ひとつ直すのにどれだけ時間かかってんねん」

と言われたりして、吐き気がしそうでした。

 

僕は自分が作業しているところを他人に見られたり、
急かされたりするとパニックになって頭が働かなくなってしまいます。

 

現地には色んな会社の人が来ていて
正直どこの誰だか分からない人に質問されたりして

 

僕はマルチタスクも苦手なので、
作業中にいろいろ関連会社の人
聞かれると困ってしまいます。

 

あと、現地の人じゃないと分からないこともあり、
むしろこちらが知りたいことも多かったけど、

向こうからはあまり情報共有をしてくれないので、
僕から必死に聞きました。

 

しかし、何をやっても裏目に出ました。

 

聞き方がまずかったかどうか知らないけど、

明らかに揚げ足取りだよなー

と思うようなことで文句を言われたり。

 

本当はこちらの意図をなんとなく察していても
言葉尻をとってわざとはぐらかすような感じ・・・。
(このニュアンス伝わりますかね?)

 

僕は状況を共有したいだけなのに。

 

そんなふうにこちらの報告や相談を適当にあしらっているくせに、
いざ認識のずれがあったら、全部こちらのせいにしたり。

 

とにかくまともに会話になりません。

 

うちの会社とは関係ないことに関しても
ぶつぶつと愚痴のようなことを言われました。

 

もう完全になめられて、
こいつには何を言ってもいいかと思われたのかなと。

 

それでいて、他の関連会社の人には媚びを売って談笑している。

 

それで焦りもあり、状況に対する怒りもありで
プログラムのソースコードが全く頭に入りませんでした。

 

仕方なく泊まっていたホテルで
深夜までコードを読み解いて理解しました。

 

そんな感じで3週間ほど頑張り
いろいろと解決もできたのですが、

結局、最後のほうは音を上げてしまい、
先輩と交代することになりました。

一人ならパフォーマンスを発揮できることに気づいた

しかし、実は気づいたこともあるのです。

 

その地獄の出張中に、
お客さんの担当者は出かけていて不在である日がありました。

 

その日は結構集中できて、

 

「今日は結構進んだみたいやな」

一人の方が集中できていた。

 

僕はハッとなりました。

一人でやる仕事の方がうまくやれるんじゃないか?

ということでした。

 

 

 

 

しかし、どうしても組織に合わない、

生きていける気がしない。

 

合わせようとしたけれど、気がおかしくなるほど辛いできなかった。

 

 

発達障害の人はHSPの

もちろん看護師さんもいるので、

みんながうつ病になるとか、すぐにホームレスになるとか

そんなことは言いません。

 

しかし、逆に仕事ができて

どこかボロボロになってしまう人もいます。

また、人ができることを2倍以上の労力を使っているので、

 

生きることに付かれたときに

そんなときに、稼ぎがあったらどうでしょうか?

自分の強みを生かして稼ぐことができたらどうでしょうか。

 

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